小話をいくつか。
ヨーロッパに留学していたあるクラリネットの友だちは、留学当初の1年間、「音階」しか吹かせてもらえなかったという。その人は元々とても優秀な奏者だったから、最初はつらかったのでは‥はっきりいってめげそう。でも、その大切さが今はよくわかる。
ずいぶん前に亡くなった日本人作曲家H氏は、寝る間も惜しんで「ハノン」をさらっていたそうな。その為にご飯はいつもカップラーメンだったそうで‥その人はピアノを皮膚感覚のようなもので捉えていて、たとえばスクリャービンの低音の増四度に感じてしまうような人だった。
H氏がどうハノンに感じていたかはわからないけど、そんなぼくもはじめました、ハノン。
はっきりいって、音階がちゃんと弾ければ、大抵のものは弾けると思う。
ただし、ハノンを練習するときは「最大限の集中力」と「耳」をもって。
演奏には〈楽譜をどう読むか〉と〈楽器をどう扱うか〉が必要だと思うけど、完全に前者に偏っていた自分に、ステンツェル兄より「ブラームスの練習曲あるよ」と勧めてもらったのがきっかけ。半年間、毎日毎日弾いているうちに、あれほどピンとこなかったブラームスの「音」に近づいてきたような気がします。
過去の大作曲家はほぼ例外なく「ピアニスト」だったわけで、彼らのピアノへの向かい方がいかに重要かは言うまでも無い(しかも私たちが弾くのはピアノ作品なんだし)。エチュードからは彼らのピアノが見えてくる。それぞれのとても個性的な姿。
先日、日本でピアノの恩師と久々に話しているときのこと。
彼女は忙しい仕事の合間に、曲は置いておいてともかく「音階」をさらっている、という話を聞いて、さすが先生だなあと思ってうれしく思ったのでした。